空と海と   その4(mantra  )

ジェット機の飛行雲のようだ、、、、と思う、、、


先端は、凄まじい轟音と共に一条の白雲を湧き起こして突き進む、、、
しかし、、
次第に線は広がり、、薄くなり、、、最後は、空中に溶けて、透明化し、なにも無かったような青空がある、、、、、

凄まじい文明のエネルギーが、時間とともに、劣化し、、やがて全てを「透明化」してゆく、、、、、
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そもそも、密教とはなんなのだろう、、素人だから簡単に言ってしまう、、、、、

インドの仏教が、、、やがて、、民衆から離れいく、、、ダブダ王朝と共に、アーリア人を祖とするバラモン達は、ヒンズー教を再生する、、、この頃、減退するインド仏教は、ヒンズー教との、共存、妥協方向に進み、ヒンズー教を取り入れた「密教」を生んでゆく、、

密教は「インド仏教」の最後の姿と言われる、、、そして、やがては、イスラム勢力によってインド仏教は滅んでしまうのだ、、、最先端がいいのなら、、イスラムが一番あたらしい、、、
そして、、仏教寺院はことごとく破壊され、僧侶は殺害された、、、、

あるいは、ヒンズーやイスラムの「攻撃をかわすため」に、仏教が表面的には妥協し、、真に伝えたいことは秘密、口伝、語り部として活動的には地下に入り、隠れ仏教徒となったのか、、、負け組みの伝承法をとったのか、、、無形で法を伝え、一対一で法を伝えようとした、、、、
その秘密がために、、時間経過と共に多くが変質した、、のかも知れない、、、

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<インドの後期密教は性に傾斜した、、部族を存続させるためとも言われるが、もっと深く経として語られて来た>

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空海は、最先端の経法を求めて、唐に渡り、、不思議と言われるタイミングで密教の伝法を受けた、、、
その、求法のエネルギーは、恵果をして、、一目で両部の相伝を決断させた、、、、、、、、

唐における「中期密教」は、空海の手によって、、辛うじてつながり、、ニッポンのエンジンが点火されたのだ、、、、、、

そう、、、新たな思想構築が始まった、、、、、

インド密教は死滅状態にある、、唐の密教も最早、、落日の面影である、、、
伝法の重みを背負って、既存宗派に立ち向かわねばならない、、、
当然、日本では密教思想を構築できるのは、、、自分しかいない、、

それに、しても、、、先に帰国した還学生の最澄は密教を、帰国後すぐに宣顕している、、、
自分こそが、正規の密教伝法者である、、、空海は、愕然としながらもライバル意識に燃えた、、、、


大日如来(マハ-、ウ”ィロチャナ、ブッダ)は、常に「真言」を発信している、、、、
だから、真言を受信すればいい、、

「雑密」は、それに近い、、、古神道の修験道者、道教、陰陽道は、呪術によって自然、宇宙と一体になることで雨をも降らす、、、
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日本古来から言えば、、卑弥呼は女呪術師であったし、、
呪術は、ほぼ世界中に存在するので、共通した成立要素があるのだろう、、、

※と、、言うことは、、英国の「ハリーポッター」も「雑蜜」ですか、、同じジャンルということですね、、、、、


※ハリーポッターの呪文<Wikipedia>
呪文のほとんどがラテン語に由来し、複数の語による造語もある。ラテン語は、英語を始めとしたヨーロッパ語族に多大な影響を与えているため、これらの言語の読者であれば意味を想起することができる[1]。唯一、死の呪いだけが、古代アラビア語(アラム語)に由来している。

原書においては、各呪文に対する魔法名は、

Spell - 対象者/物を変容させる魔法、および呪文全般
Charm - 対象者/物に働きかける魔法
Jinx - ユーモアのある呪い
Hex - 軽度の呪い
Curse - 闇の魔術
に概ね分類されており、2006年に著者HPにて定義が解説された[2][3]。

※ちなみに、ハリーポッターでの気候に関する呪文は、、、これだ、、

メテオロジンクス・レカント(Meteolojinx Recanto)

(気象呪い崩し)
魔法省の窓から見える天気を変えるのに有効と言われる呪文。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%AE%E9%AD%94%E6%B3%95%E4%B8%80%E8%A6%A7
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ハリーポッターは、フィクションの世界ではあるが、恐らくヨーロッパでは伝統的に、魔術は近代まで信じられていたろうし、実際そんな魔術師が存在していたであろうことは、調べればすぐ出てくる、、

※冗談では無く、、、人間以外の動物たちは自然に対して、一体感があるから、予知能力や遠隔通信能力などは、より残っていると言われている、、、

たしかに、進化の過程で、動物は言葉では無い、、コミュニケーション手段を持っている、、、
もしか、したら、、植物にもコミュニケーション能力はあるのだが、人間が判断できないだけかも知れない、、、
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横道に、どんどん進むので、、、もとに、、戻ろう、、、

密教それは、天台法華経などの、文字による教え、、実在のゴータマシッダルタの言葉を編纂したという北伝の「顕教」とは明らかに、、違う、、、、

文字では顕わせない、、、真言(マントラmantra)という聖語を唱え、、、身口意の三密をもって、、大日如来と一体化すること(即身成仏)で、、、、超能力を発揮できる、、、「正密」でなければならない、、、、

空海の思想構築は、勢いよく進む、、、、

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(806)3月、、空海は、盛大な見送りを受けて、、、長安を発った、、、長安での評価は高く、、膨大な経典を写経し、曼荼羅、法具、密具を宮廷技芸家に作らせ、、恵果から八品目(仏舎利、菩薩金剛像、曼荼羅、金剛界、、曼荼羅、など)の密教の相続を正規に証明する品を与えられた、、、
これは、宗家の印、、天皇家でいえば、三種の神器であろうから、、凄いことだ、、、

当時は、一般留学僧は20年間帰国できない、、、

空海は、正規の密教相続を受けたのだ、、唐には両部の相続を受けたものはいない、、、
この事実をもっても、、帰朝できるだけの充分な成果をあげた、、
陳情の上、わずか2年間の滞在で、、帰朝が許された、、、

面白いのは、一緒に留学した「橘逸勢」の希望を聞いて、空海が嘆願書を書いてやり、、一緒に帰国している。
彼も20年留学が予定されていた、、

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空海が帰朝を急いだ理由が、、他にもあると思える、、、

日本では、、頼りとした「桓武天皇」が崩御したのである、、、また、、留学の支援をしたと思われる「伊予親王」は逆臣の罪を着せられて、、やがて自殺に追いやられる(※空海帰国後の翌年平城2年11月(807))、、、、、異国とはいえ、、、日本国内の、、、情報は流れていたのではないか、、、

俗界を超越する密教僧とはいえ、、帰国すら危うくなるかも知れない、、、、空海には緊張感が走った、、、

※これに関しては、、、天皇の崩御が延暦25年3月17日(806年4月9日)なので、空海が越州に居る頃でなので、、、微妙といえるが、、、、、、、崩御以前に天皇の病状悪化が、役人を通じて伝えられたと考えてもいいのでは、、、


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帰路は、明州の港から出航であったが、、、ここは、遣唐使船の指定の港でもあった、、

空海は、明州に着く前に、越州の竜興寺に立ち寄ったと思われる、、、
司馬遼太郎さんは、
1年前に最澄が、ここで順暁に付法を受けたことを、空海が知って、、「腹の中に氷塊をほおり込まれたほど驚いたろう」と記している、、、

しかし、素人としては、別の立場で考えたい、、、
帰朝にあたって、空海は既に帰国した最澄が、、日本において最初に密教の灌頂を行ったことを伝え聞いている、、
その最澄に付伝した、、「竜興寺の順暁和尚は如何なるお方か、、」と空海は思った、、と考える。

それで、順暁に会ったのだと思う、、、帰国して最澄と向かい合ったときのために、、、会っておきたかった、、
空海が帰国したのは、(806)大同元年10月、、51代、平城天皇の時代になっていた、、、、。

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九州の大宰府に到着した空海は、ここで1年近く滞在、、おそらくは、半年前に天皇が代わり、、役人が代わり、、まだ、混乱の時期にあったかも知れない、、

その後の、、、空海の行動はあまり知られていない、、、
槙尾山に入ったのは34歳、、、36歳まで2年間は槙尾山の山寺、施福寺に居り、、、、都には正式に行っていない、、、

この間、、、持ち帰った膨大な教典や法具類の整理にあたったとも言われているが、、、

事態はもっと、、、複雑であった、、、、

あの叔父の阿刀大足が、逃れるように空海のもとを訪ねる、、、伊予親王の侍講(家庭教師)だった叔父は罷免され、
伊予親王の叔父の藤原雄友は、流罪、、藤原南家一族は左遷されていく、、、そして伊予親王の幽閉、、、自殺(暗殺)
と、、、政情不安により、空海の支援者に危機が訪れていた、、、

一般の歴史どおり説明すると、新たな平城天皇は病弱なうえにマザコンである、、そして、それに付け込む藤原薬子(北家)がいる、、、天皇は皇子の時から、10歳も年上の人妻の薬子に誘惑されてしまう、、しかも薬子の娘は、皇子の妃である、、、、やがて薬子の言うがままに天皇の横暴が始まる、、、

この事態は空海にとっても、都に出る機会を失わせた、、
また、友人とも言われる伊予親王の死は、ショックではあった、、、

空海は槙尾山に祭壇を設け、、、呪法を始めた、、やがて、、都にも、その噂が流れる、、、


「おん あぼきゃべい ろ しゃ のう、、、まかぼだらまにはんどま 、、じんばらははらばりたやうん~~、、、、」

見たことも無い祭壇の前で、、、低く響く声で、、意味不明な呪言を発している!、、、唐から凄い力の恐ろしい経が入ってきたらしい、、ぞ!、、、誇大広告を流したかもしれない、、、
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<うっひゃあー怖いよう、、こんな大道具を使うなんて、ずるくない?>

これには、もともと病弱な平城天皇は、恐怖で寝込んでしまう、、、そして、、、天皇の職務も放棄してしまうのだ、、、
これも、、空海の伝説になっている、、、。

大同4年、、52代、嵯峨天皇が即位する、、、、

平城天皇と供に奈良に転居し、権力を失った薬子は、最後の賭けに出る、、、兄藤原中成と奈良旧貴族を巻き込んだ反乱を起こすことになる、、実際はどちらが仕掛けたかは不明だが、、薬子は敗北して、毒を飲んで自殺する。(薬子の変)、、、負け組みは、このようにメタメタにたたかれる、、、。
また、平城天皇は出家した、、、。

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空海は帰国後の政情を槙尾山の小さな山寺で、じっと見ており、、

やがて嵯峨天皇の即位とともに、、、都に打って出た、、、


空と海と  その3( 長安)
http://tokatu1.at.webry.info/201101/article_9.html

空と海と   その2(桓武天皇)
http://tokatu1.at.webry.info/201101/article_7.html

空と海と  その1(三教指帰)
http://tokatu1.at.webry.info/201101/article_6.html



--------------書きかけです--------









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