「さいたま」に渡来した玄奘三蔵法師 その②

昨年の末の頃であるが、、「さいたま市」の岩槻市にある「慈恩寺」に玄奘三蔵法師の仏塔があるというので尋ねた、、、到着したのが16:00を過ぎてしまったので、、もはや夕暮れとなってしまった、、本堂の寺務所を除くと、、新年の準備か、、忙しそうであった、、、。

「あのー、、失礼します、、このお寺に、、玄奘三蔵のお骨があると本に書いてありました、、のですが、、こちらで宜しいんでしょうか、、」

なにを、、今さら、、と言った雰囲気で、、「ここでは、ないんです、、この先です」、、
「この先、、ですね、、あの畑の方ですか、、」

こちらの風体が、、怪しかったのか、、少し素っ気ない、、
「車だと、、ほれ、そこの道を、、左に曲がり、、突き当ったら、、また左に曲がったところにある、、すぐ判るよ、、」

ありました、、
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入り口には簡単な案内が、、、
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さりげなく書いてあるが、、、県の観光協会のサイトでは、、
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第2次大戦中に南京を占領していた日本軍が、偶然にも土木作業中に法師の頭骨を納めた石箱を発見(昭和17年)しました。頭骨は、当時の南京政府に還付され、昭和19年に南京玄武山に玄奘塔を建立し奉安されるとともに、日本へも分骨されたのです。
日本へ渡った頭骨は、当初芝増上寺に安置されましたが、折しもその頃の東京は空襲の被害が広がり、一時埼玉県蕨市の三学院に移され、さらに三蔵法師の建立した大慈恩寺にちなんで命名された慈恩寺に疎開しました。
第2次大戦後、日本の仏教界が正式な奉安の地を検討した際に、三蔵法師と縁の深い慈恩寺が奉安に最適の地とされ、昭和25年に13重の花崗岩の石組みによって玄奘塔が築かれました。
その後、慈恩寺から台湾の玄奘寺(昭和30年)や奈良の薬師寺(昭和56年)へも分骨されています。
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と、、あります。
そのまま、受け取っても戦時中のことであり、、戦利品と言われても仕方ないのではないか、、と思われます。

問題にならないように、、そっとしておいて欲しい、、といったところでしょうか、、。
塔の横には、、バックパっカーの法師像があります。暗くなってしまい、よく見えないので写真は、画像処理しました。
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さて、、この方が16年間に及ぶの求法の旅を終え、、持ち帰ったサンスクリット語法典から1338部の漢訳書を成す大事業には、更に17年の歳月が必要だった、、。

特に、、目的でもあった「唯識思想」を、ナーランダ大学で「戒賢」に師事して学びました。
これは、、、大乗仏教を2分する学派、、、
★中観思想
★唯識思想
を学ぶことによって、、仏法の世界観、奥蛾に迫ろうとしたのです、、、。

この、、なにやら、、難解な唯識思想なるものを、、少しでも理解しようと、、今回は、、
市役所の図書館から2冊の本を借りて来た、、、。

①唯識三十頌を読む、、、加藤弘二朗 角川書店 
②龍樹 空の論理と菩薩の道 瓜生津 隆真 大法輪閣

特に選別したわけでは無い、、目に着いたものを借りて来たのだが、、、、

!!!??? 難解だ--- !!!???

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<クリックで拡大できます>

なにせ、、唯識を学ぶには、、「唯識三年俱舎八年」と言われて、、唯識を学ぶ前に基本的な知識として「アビダルマ」を8年勉強しないと、、「唯識」を学ぶレベルにならないという、、

※アビダルマ;大乗経派が言う小乗教(部派仏教)の論
※大乗経が「空」に基づく縁起を主張するが、部派では、ものの実在の関係性を縁起とする、、。??

※縁起とは、全てのものは、関連性、相関性で
成り立っているという仏陀の教え、、

※IPS細胞の理論や、、相対性理論を学ぶには、、せめて大学4年、インターン4年は勉強して基礎知識と社会学習してからでないと、、理解できないよ、、という意味でしょうが、、、。

唯識に到達する前に、、”死んでまう~~”、、、。

法相宗は奈良仏教の中心となるそうだが、、桓武天皇が嫌うのが、、解る気がする、、、。
そこで、、いっそビジュアル(画像)的な?、、真言密教に走ったのだろう、、、。

※出家して、、十年以上修業しないと学ぶことさえ追いつかない、、これじゃあ、、救われない、、間に合わないぞ、、というので、、

そこで、、”「南無、、、」と唱えれば成仏する”という、、コンビニエンスな型を考え出した、、、
また、、瞑想すれば、、OK、、一般俗人には、、有難い、、またビジュアルに訴える、、仏像や曼荼羅で、、OK、、です!!。

、、、進化、、する、、の、、、ですね、、、。


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※アビダルマ:Abhidharma अभिधर्म、音写:阿毘曇(あびどん)、

仏教の教説の解釈・注釈書。論書。
部派仏教(大乗派からは小乗教と呼ばれた)での仏教論書、、仏陀の原始仏教を多くの論者によって律、論について論じられたが、分裂して部派仏教時代を迎える、、仏陀研究論文とでも言うのか、、。









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