中岡慎太郎 その3 24歳 土佐勤王党

時世は大きく動いている、、、
鎖国か、、開国か、、国論は割れるが、、幕府大老井伊直弼は列強からの圧力に耐えられず日米通商条約、和親条約に踏み切る、、と同時に、、国論統一のために一橋派への政敵弾圧を進める、、いわゆる「安政の大獄」である、、.
弾圧に対する反動は水戸藩過激派による幕府大老井伊直弼の暗殺、、「桜田門外の変」安政7年3月3日(1860年3月24日)へと発展する。
、、その影響は全国の尊王攘夷派に火を点けることなる、、、、、。

安政の大獄は、大老井伊直弼が徳川家の威信回復のために、行った勤皇派、水戸支持派など政敵に対する弾圧である。
米国の通商条約に無勅許で調印したことが、勤皇攘夷派の反撃理由にされるが、開国反対派を圧政により押し切り、国難を乗り切ろうとしたが、、、、橋本佐内(長州)処刑、吉田松陰(長州)処刑、、と、、さすがに、百名以上の断罪に対する反動は大きかった、、、、
恐怖政治は続かず、これを機ととらえる各藩の勤皇攘夷派、倒幕派の勢いはいっきに加勢することとなる、、。

拙者Blog お静とお松 (桜田門外の変)
https://tokatu1.at.webry.info/201005/article_1.html

■土佐勤王党

その翌年、、文久元年(1861)8月、、江戸にいた武市半平太は、土佐藩下士とともに「土佐勤王党」を結成する、、。
長州の桂小五郎、久坂玄瑞、高杉晋作、水戸の岩間金平、薩摩藩の樺山三円など尊王派とも同盟を約し、、武市は、、このとき安政の大獄で江戸鮫洲に幽居中の藩主山内容堂の意をも介したものとして宣言したのである、、が、、後に、、揺れる容堂によって捕らえられることになるが、、。

土佐勤王党の勢いは、武市道場の門下を中心に、、青年有志の血盟参加を呼び、、一気に拡大した、、、9月武市湛山の土佐帰国とともに同士は190名に及ぶ、、、

間崎哲馬は江戸で署名、、、坂本竜馬、平井収二郎、能勢達太郎、、宮田頼吉、、、岡田以蔵、、その多くは郷士であった。
江戸から帰国した坂本竜馬は9番目、中岡慎太郎は17番目で血判している、、、。
後の三菱創業者、、岩崎弥太郎は、、藩内政敵の吉田東洋の弟子なので当然加盟しない、、、、。

■吉田東洋の暗殺
武市の当面の目的は藩主をいだいて京にのぼり朝廷の権威を立てることにある、、、江戸での薩摩、長州との盟約を確実に進めるべく、全藩勤王へと動かさなければ、、ならない、、、しかし、藩政を預かる仕置役吉田東洋は、笑い飛ばす、、
「おんしら熱にうなされとるがじゃ、、開国、公武合体こそが、この国のまともな道筋じゃあ、なかと、、、。」

薩長の2藩は、、すでに入京している、、。

ついに、、武市は東洋暗殺を決意する、、、、、。

「元吉殿、、国のためにまいる」、、、、三人の刺客によって吉田東洋は、、文久2年(1862)4月8日 五月雨の中で絶命した。

享年47歳、、その後に登場する土佐後藤象二郎は義理の甥にあたる。

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龍馬伝で吉田東洋を演じる”田中泯”さん

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後藤象二郎 幕末時


関連Blog 竜馬脱藩 その3
https://tokatu1.at.webry.info/201004/article_2.html

吉田東洋暗殺の日、、、慎太郎は武市の剣術道場にいる、、状況は知っていただろう、、。
その数日前、坂本竜馬は脱藩して土佐を立っている、、、。


つづく--------







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