テーマ:幕末

松陰、、倒幕への狂気  

次回NHK花燃ゆを先取りしてみる、、、 勅許を得ぬまま、、井伊大老は日米通商条約締結を決断する、、、これをきっかけに尊王攘夷派は、、先鋭化する。 実務派とすれば、、病弱のうえ子供のいない徳川十三代「家定」、、また、、孝明天皇はもとより、、世間を知らない公家たち、、開国派主導の外に国際的な対応は困難、、と判断した。 井伊…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

龍馬の最後の手紙「暗号説」を支持はするが、、

高知県立坂本龍馬記念館を訪れた際に、、、記念館が発行した「坂本龍馬書簡集」を購入して持ち帰った、、、展示場には直筆も多数あったが、、、その中で、、 慶応3年11月13日、、龍馬暗殺2日前に、、、陸奥宗光に宛てたのが「龍馬の最後の手紙」だ、、 この差し迫った時期に、、のんびりと刀のやりとりですが、、書簡集の解説には、、 「慶応2…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

 戸定邸(徳川昭武旧居)と徳川慶喜 

<1867.12.21  ロンドンのニュース> 常磐線松戸駅から徒歩10分の小高い丘の上に重要文化財に指定されている「戸定邸」(tojotei)がある。 徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜の、、異母弟の昭武(あきたけ)の旧屋敷である、、、、。 慶喜は、、なにせ、、父は徳川斉昭(水戸藩主)殿様ですから、、、側室の子供も含み…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

永井玄蕃と、龍馬暗殺、、幕府のストレスは非正規と零細組織に向けられた

京都町奉行にして大目付、、旗本若年寄、、かっては、長崎海軍伝習所の総監理(所長)、外国奉行、軍艦奉行、、、を歴任した、、超大物、、永井玄蕃頭尚志、、は作家三島由紀夫の高祖父(4代前の直系)でもある。 春獄の計らいで京都町奉行に就いた永井玄蕃は、勝海舟の上司でもある、、、その伝手で、、龍馬が再三に渡って、、この幕府の大物と会…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「峠」

福地は、、、、、、地球儀をかかえてきて、それを卓子の上に置き、、 「ここです」、、、、と一点をさし示した、、。 なるほど、、アルプス山地の中に、様々な国境に囲まれて小さな国がある。そこがスイス国らしい、、。 「小さいが知能の優れた国ですよ」 、、 「わが国の長岡藩のようなものだ」、、、と、、、継之助は大まじめで応じ、、。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

慶応3年11月15日(陽暦12月10日)龍馬は中岡暗殺に巻き込まれた

慶応3年11月15日(陽暦12月10日) 京都特有の冷え込みのひどい冬日であった、、、。 PM3:00 龍馬、隣家の酒屋に寓居する土佐藩大目付 福岡藤次を訪問するも不在 PM5:00 龍馬、再び福岡を訪ねるも、まだ帰宅せず 福岡従者 和田某に次の注意を受ける 「先刻、名刺を持った使いの者が、坂本先生はお宅に来て居ら…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

石城山  (明治維新の謎)

八合目あたりには、意味不明の土塁、列石がぐるりと廻らされている。 標高360メートルほどの山城跡で、重要文化財の石城神社がある。 もう少し、海岸に近ければ、上関の制海権を押さえるための場所となるが、なんでこの山に高杉晋作の「奇兵隊」とは別動隊の「第2奇兵隊」が駐屯してたんだろうか? 運転手が答えた 「近祐さん…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

幕末海防 ペリー来航とロシア  

1852年11月24日 フリゲート艦「ミシシッピー」(1692トン)70m、備砲10門、乗員300名は、ヴァージニア州ノーフォークを出航した、、。 艦隊の長は、58歳のマシュー・カルブレース・ペリー司令長官兼遣日大使 目的地は ジャパン、、、、。 同行艦隊は軍艦7隻、輸送艦3隻である。 ミシシッピーの…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

お静とお松  (桜田門外の変)

お静にとって、「井伊直弼」という人間は夫と長男の仇討ちの相手である、、、。 夫である日下部伊三次(くさかべいそうじ)は、薩摩藩士であるが、運命的な過去を背負っている。 伊三次の父の名は連(むらじ)といい、ある事情で薩摩藩を脱藩して後、水戸領の高萩で私塾を開いているうちに、水戸藩主斉昭に知られ、その子伊三次は水戸藩に採用された…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

龍馬 脱藩 その3(長州藩の本意)

1861年(文久元年)10月、龍馬は、「剣術詮議」を名目に讃岐丸亀の矢野一乃丞を訪ねるため、土佐を発ったのだが、、、本当の目的は武市半平太の書簡を持って、長州藩士久坂玄瑞に会うたことと、政情探索であった。 安政の大獄、そして桜田門外の変、、、、長州、薩摩そして幕府改革派の動き、、、、。 龍馬は、”ほんとは、どうなんだ”、、、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

龍馬 脱藩 その2(咸臨丸)

国論の統一と幕府の威信回復を急がねばならない。 1858年南紀派の井伊直弼は、大老に就任するや、アメリカとの通商条約締結と家茂の将軍継嗣を断行、更には皇妹和宮の降嫁(将軍家茂との結婚)による公武融和策をすすめるとともに、政敵一橋派の弾圧に及んだ。 皇妹和宮の降嫁(将軍家茂との結婚)による天皇家との和睦は、開祖家康が秀忠の娘和…
トラックバック:0
コメント:2

続きを読むread more

龍馬 脱藩 その1( 朽ちた大樹)

人は、自分ではどうにもならない大きな時代の渦の中で、人生の決断を迫られることがある。 文久2年(1862)3月24日龍馬は、母屋で朝餉をとったあと、草履を履いた。いつもの癖で右肩をあげ、本丁筋を西に向かう。 通り道の瓦屋の店先に幼馴染みの龍太が妻のお麻と立っている。 龍馬:「おお龍太、元気でやっちょるか」 龍太:「、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

竜馬伝2 児玉清の演技は沁みる

NHK「竜馬伝」1/10を見損じてしまったが、再放送まで待てず、「NHKオンデマンド」を利用することにした。 パソコンで登録して、ストリーミングで映像受配信するビデオオンデマンドだ。 利用金額315円は高いような当然のような。公共放送のオンデマンド相場が分かりません。 竜馬の父、坂本八平役は児玉清さん。. …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

本物か 維新の写真(すごいぞ!)

(クリックして全画面で拡大できます) かなりためらったが、コピーさせてもらいました。 説明によれば --------------------------- 慶応元年2月中旬から3月18日までの間に、長崎へ集結をかけられた各藩の勤皇党は、西郷南洲翁及び勝海舟と共に、世界の情勢に明るい、オランダ人宣教師フ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more