古事記とシュメール語(日本人はシュメール人だった)

言葉の翻訳から発生する意思の誤解は、当然というか、間違いを起こすことはあるでしょうね。

※いま科学や学問の進化が、翻訳を更新して、歴史を引っくり返すことがあるかも知れません。
 いや、、、歴史の真実と虚とを、とんでもない展開で説明するのです。
壮大な歴史の誤解や謎で綴じられた扉が、、、、、、そのとき開かれるのです、、。

こんなサイト記事を見つけました。

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『古事記』(こじき・ふることふみ)を皆さんはご存じでしょうか? 天武天皇の勅命により語部(かたりべ)・稗田阿礼(ひえだのあれ)が誦習し、太安万侶(おおのやすまろ)が撰録した歴史書で、元明女帝の時代・和銅5(712)年に完成しました。当時はまだ「仮名」が無かったので、漢字一字で一音を表す「万葉仮名」で書かれていました。この『古事記』、日本語で読めるのは当然ですが、なんと、はるか中東のシュメール語でも読めると言うのです。と言う訳で、今回は謎を秘めたシュメール語訳『古事記』に触れると共に、日本とシュメールの関係について考えてみたいと思います。

まずは、「百聞は一見に如かず」と言う事で、シュメール語訳『古事記』の一例を紹介してみたいと思います。

豊玉姫(トヨタマヒメ)の歌

■原文
阿加陀麻波袁佐閉比迦礼杼斯良多麻能岐美何余曽比斯多布斗久阿理祁理

■漢文語訳
赤玉は 緒さへ光れど 白玉の 君が装し 貴くありけり

■シュメール語訳
aka dam,u sur gig rag.si lig dam kin gi u gush tab tuku ur,kil.
(アカ ダマユ サエ ヒガ レジ シ ラジ ダマ キン ガ ユ グシ タブ トク アルケル)

■シュメール語の日本語訳
私の愛した夫よ、宮中の僧侶は(あなたが)病気だから祈祷をすると、布施をせがみます。私の大君よ、もっと度重ねて消息を聞かせて下さい。手紙を頂くのを、心待ちに致しております。

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※2012.1.30追記
実は和歌の研究家、岡野弘彦氏が出席したシンポジウム「NARASA2011]で、興味深い話がありました、、上の文字では発音が判らないのですが、、岡野氏は、「、、こんな発音ではないか」、、と実演してくれた、、どのような経緯であるかは聞かされなかったが、、「東北弁」に近いようでもあり、、韓国語のようでもあり、、の発音であった、、、上の漢文語とシュメール語を「東北弁」で喋ると、、同じ音に聞こえるかもしれない、、。

原文は、大和言葉の音を漢字でふったもの(日本語をローマ字で書いたようなもの)なので、発音は古代日本語である、、、つまりシュメール語と同じ言葉である、、、のか、、。
氏は、、現代の稗田阿礼(ひえだのあれ)なのか?


拙者Blog
「NARASIA2011(松岡正剛のタイムマシンに乗って、、、)」
http://tokatu1.at.webry.info/201201/article_3.html

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※2009.12.27追記
実はこのサイトを見た後は気になって眠れなくなりました。
シュメールと古代日本は同じ人種であったという説です。

たしかに、古事記や日本書紀の解説を読んでいると、「素人の直観」として、、中国とは言語系が違う、、のではないか。
むしろ、日本の古代語の起源は中東・ヨーロッパ系ではないかと思うことがあります。
それは、このサイトを読む前から感じていました。
、、、というか、、古事記、日本書紀の神々の名前や天皇の音読みなどは、、あまりにも違和感がありすぎですよ。、、日本人のルーツと言われても、、よその国の名前?、、みたいな、、。

※神武天皇;神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)
※崇神天皇;御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこいにえのすめらのみこと)
※欽明天皇;天国排開広庭天皇(あめくにおしはらきひろにわのすめらみこと)。

ここで、しっくりします。

※後述しますが、、、、

天皇の公式名「スメラ・ミコト」は、古代ヘブライ語アラム方言で「サマリアの大王」を意味し、初代神武天皇の正式名「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」は、「サマリアの大王・神のヘブライ民族の高尚な創設者」という意味になっているという。「サマリア」とは北イスラエル王国の首都である。

と言う学者がいるのです、、、、。



※追記2010.01.03
説としては日本語は「アルタイ語族」と言われています。
満州語、モンゴル語、トルコ、ウズベキス語、カザフ語、朝鮮語などと同質の言語とされている。
従って中東・ヨーロッパと言うのは間違いでしたが、トルコやカザフからモンゴルを経由して朝鮮、日本に波及したアルタイ山脈言語族と言うわけですね。

他には「ウラル・アルタイ語族」という説もありますが、これはフィンランド、ハンガリー、エストニアを含むことになるので東欧(ヨーロッパ)と言ってもあながし間違いではなかったことになります。


※追記2009.12.28
日本書紀、古事記が編集された時期は、釈迦、キリスト、マホメットも誕生後時間が経過している訳ですから、それらの影響が大陸や海洋経由などで日本に伝道されていれば「神話」に反映されているのではないか、、、。
旧約聖書の影響があるような、、、、、。

※シュメール文明は紀元前5000年とか3000年という話ですし、チグリス・ユーフラテス文明ということでは教科書で覚えた程度の知識ですが。現在のイラク、クエート地域が古代は超エリートな国家であって、それらの民族の放浪の先が日本であると聞いてもすぐには、理解できませんよ。もう、、、眠れません。

※古代ユダヤ人の信仰の対象はヤアウエ(エホバ)という唯一絶対の神であり、

”神官は白衣を着て拍手・低身の礼をし、塩をまいて清めをし、神に新穀を捧げる。
また民衆は禊をし神輿を担ぎ神木を供える。”

こうした習俗は日本の神道とよく似ていることから、歴史から消えたイスラエル十二族の一つが日本にやって来た。とする説は17世紀日本に来たドイツ人のケンベルほか多くの人が唱えている。(伽耶は日本のルーツ:澤田洋太郎)


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アヌンナキ。シュメール神話はこう伝えています。「ニビルと言う星からやってきたアヌンナキと言う人々が人類を作り、そして、地球文明(シュメール)を興した」と。とりあえず、アヌンナキやニビルと言った事は割愛しますが、このシュメール神話に出てくる説話と同じものが、『記紀』(『古事記』・『日本書紀』)にも登場するのです。いわゆる「天孫降臨」伝説と呼ばれるものです。これは簡単に言うと、「天(宇宙?)から来た神々が日本列島を作り、そこに降り立って日本を建国した」と言った内容です。「記紀」に描かれた「天孫降臨」の模様は、どちらかと言うと寓話的ですが、「古史古伝」の雄・『竹内文書』には、シュメール神話と瓜二つの説話が登場します。そして、どちらも「当時」の「世界」を支配したと言った内容なのです。すると、一つの仮説が浮かんできます。日本とシュメールは元は同じ国家・民族だったのではないか? 何しろ、シュメール人がどう言った民族(人種)だったのかと言う事自体、確定されていないのですから・・・。

日本とシュメールは同祖だった。この突飛共思える仮説は何も「神話」だけが論拠ではありません。例えば、シュメール人は民族としての「統一国家」を持ってはいませんでした。彼らは現在のイラク南部・ペルシア湾岸のデルタ地帯に、エリドゥ・ラルサ・ニップール・バド=ティビラ・ララク・シッパル・シュルッパグ・ラガシュ等の「都市国家」を営み、都市国家間で「盟主」の座を巡って覇を競い合いました。これは、明治維新以前の日本と同じ国家形態です。政治面では、水戸・尾張・薩摩・長州と言った「藩」があり、対外的には「日本」と言う「顔」を持つ一種の連邦制の様なものです。次に、彼らの行方です。彼らシュメール人は北から進出してきた異民族勢力によって、国を滅ぼされてしまったのです。しかし謎なのが、国を失った後の行方です。何十万・何百万と言うシュメール人が煙の様に消えてしまう筈がありません。しかし、現実にその後の中東史には二度と登場しません。そこで考えられるのは、中東の地を去り、どこかに移住したのではないかと言う事です。そして、その「終着駅」が日本だったのではないでしょうか?

シュメール人が日本へ移住した? 本当にその様な事があったのでしょうか? 今となっては確かめ様もありませんが、少なくとも満州(大陸)迄の足跡は残されています。その証拠は、朝鮮版「古史古伝」の一つ、『桓檀古記』の記述です。



『桓檀古記』中「三聖紀全 下巻」より
「『古記』に云ふ、
「波奈留山が下(もと)に桓仁氏の国有り。天海以東の地は亦、波奈留国と称す。其地広さ南北五万里、東西二万余里也。総言すれば桓国(韓国)也。分言すれば則(すなは)ち卑離国、養雲国、寇莫汗国、勾茶川国、一群国、虞婁国(一に畢那国と云ふ)、客賢汗国、勾牟額国、売勾余国(一に稷臼多国と云ふ)、斯納阿国、鮮稗国(一に琢韋国と称す。或ひは通古斯国と云ふ)、須密爾国、合はせて十二国也。天海は今、七世に伝へ、年を歴(へ)ること共に三千三百一年、或ひは六万三千一百十二年と云ふ。未だ孰(いず)れか是なるを知らず」と。」(原漢文、以下略)

この中に登場する「須密爾国」(スミル)こそが、シュメール(スメル Sumer)の事なのです。しかし、これでも、「シュメール人が日本に移住した等と信じられるか!?」とおっしゃる方もおありでしょう。そんな方の為に、更に証拠をお出ししましょう。それは「国名」です。何と古代日本とシュメールの国名は同じだったのです



古代日本とシュメールの国名は同じ?

古代日本 葦原之中津国(アシハラノナカツクニ)
シュメール Ki-En-Gi-Ra(キ・エンギ 「葦原之中津国」の意味)


どうでしょう? 両者の国名は同じ意味を持っていたのです。

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どこからでも上陸できる島ですね

※2010.01.06
古代日本へは島伝いに、大陸から、南の海から、北の海からさまざまな人種が住み着き、やがて小国家をつくって豪族となった。
アルタイ族も印欧族という族も、海人も山岳系も、、、長い間さまざまな民族が住み戦い、混血となり大和民族として落ち着いた、、。

※なぜ高度な文明を持つ西の国の人々が東の果ての大和にたどり着いたか?
それは、太陽が昇る果てだからでしょう。
太陽信仰の民族にすれば、太陽が昇る水平線(あるいは地平線)が天との境目であり、天国と繋がっているのは、水平線です、、、そこに神の国があると発想することは充分考えられる。東へ、、、、。
そして、東の先住民からすれば、天と海の境目(水平線)の果てからやってきた高度な文明人は神であろうと、、、。

※そのような話は、スペイン人を見たアメリカ先住民が神として恐れたという話に似ている。


日本の歴史書は681年になって天武天皇時代に、「帝記」「旧辞」や過去のさまざまな資料伝聞等を整理して、古事記、日本書紀が編纂されることになりますが。

初代天皇に関して日本書記からはこんな話も記されています。

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天磐船(アマノイワフネ)に乗って神宝を持って大和にやってきたニギハヤシノミコトは、地元の豪族ナガスネヒコの妹を妻にして大和一族の長となった。
ところが、イワレビコ(後の神武天皇)軍が九州から攻めてきた(神武東征)。
ニギハヤシノミコトも神宝を持っていたが、このイワレヒコの軍も神宝をもっている。
戦いのさなか、ニギハヤシノミコトはナガスネヒコを裏切って殺害し、イワレビコに服従を誓います。
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※このニギハヤシノミコトの末裔が「物部氏」となって天皇の支配化になります。

※ついでに記すと、552年には百済のセイメイ王が仏像、仏典を日本に献上した。
ここから、神派(物部氏)と仏派(蘇我氏)の抗争が始まるが、これが、皇位継承の戦いになる。
戦いは蘇我氏の勝利となり、物部氏は滅びます。蘇我氏の軍勢には厩戸皇子(聖徳太子)も加わっていました。
話がどんどんそれるので、天皇を巡る話は別の機会に調べたい。


※、、、天磐船(アマノイワフネ)ってなんだろう、なんだろう。、、素人の直感では「空と海を渡る磐のような船」つまり水平線(海平線?)のかなた(=天と地の境目)から神様(超文化人)が乗って来る大きな船、、。
※これをUFOと言う人も居る。


※追記2009.12.27 23:34
古代日本に文明がかけ離れて進歩していたシュメール人の「末裔」が(も)侵攻してきた。
文明の果てにあった古代日本からすると文明差が数百年もの差があったのではないか。
8つの島を征服し、支配者となった侵略者は
彼らの中で、権力闘争を繰り返しながら、同化していったが
彼らを、大王と呼ばせ、神と呼ばせるほど強権であった。
※やがて、他の民族の侵攻などで、大王は代替わりしていき
多くの混血が繰り替えして大和の民族と呼ばれるようになる。
ただし、畏怖すべき存在は、先住民のDNAに深く刻み込まれた。
先住民と渡来人との文明的な差別は何千年もの間、神聖にして犯してはならない、聖域を確立した。
大王(おおきみ)とはその血なのか、、、、、と思えてならないですが、、、。

※参考 日本とヘブライの共通点 (判り易くて怖い)
http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb010.html

※追記2010.03.07
上の参考の中に興味深い、次の文があります。
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●また、天皇の公式名「スメラ・ミコト」は、古代ヘブライ語アラム方言で「サマリアの大王」を意味し、初代神武天皇の正式名「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」は、「サマリアの大王・神のヘブライ民族の高尚な創設者」という意味になっているという。「サマリア」とは北イスラエル王国の首都である。

更に、天皇の古称「ミカド(帝)」はヘブライ語に訳すと「ガド族出身の者」という意味に当たり、ガド族の始祖ガドの長男の名前は「ニェポン(ニッポン/英語ではジェッポン)」であったという。

あと、「東方の日出づる国」は古代よりヘブライの民にとって「天国」を意味しているが、約束の大地カナンは「カヌ・ナー」の転訛としてヘブライ語で読むとき、「葦の原」を意味し、「東方の日出づる国」はヘブライ語で「ミズホラ」と呼ぶので、日本の古名「豊葦原(トヨアシハラ)ミズホの国」の意味が判明すると指摘する研究家もいる。

更に、大和朝廷の「ヤマト」はヘブライ語アラム方言では、「ヤ・ウマト」と分解され「神の民」という意味になるという。

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※「日本固有文明の謎はユダヤで解ける」ノーマン・マクレオド、久保有政
の紹介サイトですが
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旧約聖書に記述されているヤコブの系図と、日本神話に出てくるニニギの記述は、驚くほど一致しています。 以前、日本神話とギリシア神話の驚くほどの共通点を紹介しましたが、やはり古代日本及び天皇家は、シュメール、イスラエル、ギリシアナなどの文明や神話が伝承され、それらから大きく影響を受けたものであると考える方が自然であるような気がします。


天皇と記紀神話
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/115.html#readmore

記紀神話では、天皇家また大和民族は、天から降りてきたニニギ(ニニギノミコト)の子孫ということになっており、ニニギは天孫民族の父祖とされています。 一方、ヤコブはイスラエル民族の父祖であることは言うまでもありません。

日本神話では、はじめ天から降りる予定だったのはオシホミミですが、彼が準備している間に、ニニギが生まれ、後から生まれたニニギが天から降り、天孫の父祖となりました。
旧約聖書では、エサウ(ヤコブの兄)がイサクの祝福を受ける予定でしたが、弟のヤコブが祝福を受け、イスラエル民族の父祖となりました。

日本神話では、ニニギは天から降りてくると、美女のコノハナサクヤヒメに恋して彼女を妻にしようとしますが、彼女の父は彼女だけでなく、姉の面倒も見て欲しいと言いましたが、ニニギはこの姉を父に返しました。  旧約聖書では、ヤコブは美女ラケルに恋して彼女を妻にしようとしますが、彼女の父は姉も妻にしてやってくれと頼みますが、ヤコブは姉レアを嫌いました。

日本神話ではニニギは、妻コノハナサクヤヒメとの間に山幸彦を授かりますが、山幸彦は兄(海幸彦)に苛められ海神の国に行き、そこで山幸彦は神秘的な力を得て、田畑を凶作にして兄を悩ませますが、最後は兄を赦します。

 旧約聖書では、ヤコブは妻ラケルとの間にヨセフを授かりますが、ヨセフは兄達に苛められ、エジプトに奴隷として売られてしまいます。 その後、エジプトの宰相の地位まで上りつめ権力を持ち、兄達が凶作に苦しみエジプトに来た時に、兄達を赦します。

日本神話においては、山幸彦は海神の娘(トヨタマヒメ)を妻にし、その間にウガヤフキアエズを授かります。 ウガヤフキアエズには4人の息子が生まれ、2番目と3番目は別のところに行きいなくなってしまいます。 4番目の息子が神武天皇で、大和の国を制する人物となります。 

 旧約聖書では、ヨセフはエジプトの祭司の娘を妻にし、その間にマナセとエフライムを授かります。 エフライムには4人の息子が生まれ、2番目と3番目の子は早死にし、4番目の息子としてヨシュアが生まれ、ヨシュアはイスラエル民族を率いて、カナンの地(イスラエル)を征服します。 このエフライム族の流れを汲んでいるのがイスラエル10支族の王室です。
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※追記
また、また、、眠れません!

■”聖徳太子はヘブライ語を喋っていた???”

※神武天皇即位の年は、紀元前660年とされていますが、大ユダの歴史はこの頃から始まるのであります。

南ユダ王国の一族長イザヤの三人の子が、国を興すべく、日本列島へ移住してきたのが、ちょうどこの時期にあたります。
イザヤと三人の子は神格化され、いざなぎの尊と三貴子として、日本書紀に録されています。

イザヤ一族の犠牲的奉仕と献身的努力は実り、後にユダ王国は再建され、これが後の大ユダへと発展したのであります。

古事記と日本書紀には、イザヤは、伊邪那岐命[記]、伊弉諾尊[紀]として、長女ヘフジバは、天照大神[紀]、天照大御神[記]。長男ツァクヤム、またはヨサブは、月読尊[紀]、月夜見命[記]。次男スサナウェは、素戔嗚尊[紀]、須佐之男命[記]として、記載されました。([記]

■「卑弥理国」=「ヘブライ国」

「隋書倭国伝」には、「卑弥理国」とありますが、”卑弥理”とは、”ヒブリ”に充てた言葉で”ヘブライ人”という意味です。
、、、、、、
古代日本とヘブライ一掃政策
http://www.saturn.dti.ne.jp/~ttshk/framepage4.htm

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※しかし「隋書倭国伝」の次の箇所は、一般には、、

 漢光武時、遣使入朝、自稱大夫。安帝時、又遣使朝貢、謂之倭奴國。桓、靈之間、其國大亂、遞相攻伐、歴年無主。有女子名卑彌呼、能以鬼道惑衆、於是國人共立為王。有男弟、佐卑彌理國。其王有侍婢千人、罕有見其面者、唯有男子二人給王飲食、通傳言語。其王有宮室樓觀、城柵皆持兵守衛、為法甚嚴。自魏至于齊、梁、代與中國相通。


 後漢の光武帝の時(25-57年)、遣使が入朝し、大夫を自称した。
 安帝の時(106-125年)、また遣使が朝貢、これを倭奴国という。

 桓帝と霊帝の間(146-189年)、その国は大いに乱れ、順番に相手を攻伐し、何年もの間、国主がいなかった。卑彌呼という名の女性がおり、鬼道を以てよく大衆を魅惑したが、ここに於いて国人は(卑彌呼を)王に共立した。弟がいて、卑彌呼の国政を補佐した。その王には侍婢が千人、その顔を見た者は極めて少なく、ただ二人の男性が王の飲食を給仕し、言葉を伝えるため通じる。その王の宮室や楼観、城柵には皆、兵が持して守衛しており、法は甚だ厳しい。魏より斉、梁に至るが、代々中国と相通じた。

※もし、、上の赤字を言っているなら、、、これは、あまりにも意味が違いすぎる、、、。


※つまり、、卑弥呼を王に共立した。そして王には、、、、、

■有男弟、佐卑彌理國

、、、、「ヒブリ国=ヘブライ人」の弟がいた、、、、、

と、、読むわけですね、、、、
「卑弥呼の弟はヘブライ人」、、、もう、、眠れませんね、、。

参考

http://www001.upp.so-net.ne.jp/dassai/sitemap/sitemap.htm
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※追記20100214 
 ★彦島八幡宮の「ペトログラフ=シュメール語」石碑★

彦島にシュメール語の石碑があるなんて!!!!!!
知りませんでした。、文科省さん、、、なんとかして下さ-----い!。

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■境内にある7つの岩の解読

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 以上の解読により杉田丘陵した海岸神殿のものと見られるこれら7個の岩は「日の神や大地の女神、大気の神、天なる父神などに、豊穣をもたらす雨を、男女神にかけて、日の王(日子王=古代彦島の王)が祈り奉った」と解釈できる。
「泳ぐ岩」1個ならまだしも、多くのペトログラフが三菱下関造船所前から見つかり、造船所構内からも出土しているところからも、古代には、杉田丘陵頂上の彦島神殿の他に、これを遥拝する形での「彦島第二神殿」とでも言うべきものが、現在の三菱造船所前小公園あたりの海岸部にあった事が推定できるのである。


http://www.hikoshima-guu.net/petoro.html

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※追記 ★なんと、、宮島にもペトログラフが、、、、。
http://www.geocities.jp/noharakamemushi/PETROGRAPH/Miyajima.html




※「魏志」が伝える民衆としての「倭人」は、全身に入れ墨をして、男はザンバラ髪を布で束ね、貫頭衣をきると言う姿で描かれており、一方高松塚の貴族の服装は同時代の高句麗の上層階級と同じ。
つまり、渡来人の文化は在来縄文人の倭人より圧倒的に優れていた。

※このことから、「倭人」は、入れ墨が竜神を鎮めるもの、短髪は海での活動に適するとして「海人」であると言う、、、。


「鏡、剣、玉」の三種の神器を作る技術、三種をセットとして愛好する習慣は「古代朝鮮」のものである。


まだまだ歴史の謎は深いが、推理の幅はどうやら、、、、狭まっているようなのだ。


※参考
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/index.html

※参考 日本人シュメール起源説
 http://inri.client.jp/hexagon/floorA3F_hb/a3fhb301.html

※参考 日本の原住民(blog)
http://www63.tok2.com/home2/ahonokouji/sub.html

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この記事へのコメント

ささ
2016年04月10日 01:22
シュメール人が縄文人だったと思います。
氷河期においては文明は火山の側で起こったと考えます。日本が火山国であったことが世界の文明発祥の理由でしょう。こんなに火山に恵まれた所はないですから。中国など寒すぎて文明どころではないでしょう。縄文土器の古さとその高度さが証明しています。
氷河期の終わりが大洪水をもたらし日本から逃げ出した多数の縄文人がシュメール人となり
また日本に帰ってきた。140メートル海面が上昇して大陸と地続きだった日本は島国になるくらいの大変動だったようですね。

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