かじり掛けたリンゴ

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来年度のMACの予算提案書を作成中にAppleのCEOのスチーブ.ジョブズ氏が亡くなった、、、。

パソコンとの付き合いは40年になるが、、その間に右脳を刺激し続けたApple社には、何度かチャレンジしたが、結局、、主たる商品構成として取り扱うことにはならなかった、、、、。

Appleがコンシューママーケットに軸を代え、、、更にブランド販売戦略に傾斜、、、ついには流通を大幅に狭くした、、、見方によっては、独禁法に掛かるかもしれないほど、、流通販売に関して厳しい条件がついている、、。
ショップ直販とネット直販を重視し、、、価格は下がらない、、、。

扱うことさえ難しい、、、。

また、、i-Phon、、i-padに至って、、、MACは置いていかれた状態だ、、、XServerは製造中止、、Dtopパソコンは廃止の方向という噂も、、、

Appleが i-Phon、、i-pad を軸に情報端末の革新を進めていくことは、当然かも知れない、、

※まあ、これでAppleが昨年の総資産が世界一になったんだから成功なんだよね、、、スチーブ氏の開発能力によるところが大きいとなれば、、、今後がどうか、、、

、、、、、、

それにしても、、、デザイン系のユーザーは、強烈なMACフアンが多い、、、

先日、T専門学校のデザイン担当の先生に、授業でのMAC利用について、ご指導をいただいた、、、。

「最近のWindows系との大きな違いは、なんでしょうか」

「私ら教師も、MACにはワクワクした気持ちにさせられます、、、そこが大きな違いです、、」

、、仕様にならないが、、、クリエータにとって、、いちばん大切なのかも知れない、、、

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※ちなみに最近のiOSのXLionの機能を見ると、、、、、

・Mission Control
  デスクトップに開いている全てのパーツを一望でき、アプリの環境設定が見やすい
・Launchpad
  まるで,iPhoneのようにアプリの管理ができる
・Mac App Store
  これでOSからアプリまでダウンロードできる
・Full-Screen Apps
  アプリケーションをフルスクリーンで表示できる
・AutoSave&Version
  1時間ごとに自動でファイル保存してくれる
・Safari
  リーダー機能でページ内の見たい部分だけ抜き出して見れるので広告など不要な部分を排除できる
  学校などではいいかもしれない、Web操作が向上した
・Mail
  人名、件名、ラベルなどに分類して表示できる
・AirDrop
  Macどうしであれば、9m以内は簡単接続
・FaceTime
  IMac-iBook-iPad-iPphoneのファミリーで、ビデオチャットが簡単にできる

・FileVauit2
  ハードDSK全体を暗号化できるので、紛失した場合に情報の保護ができる

などなど、、、、

  
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深くは考えなかったが、会社を設立した当初、、会社のマークの色彩はAppleを意識したものだった、、、。

その頃の旧Apple社のマークはこうだ、、、、。

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今回、知ったのだが、、、

1. 聖書で林檎の木は「知恵」の象徴。欠けた部分は知に相当。

2. エデンの園で神の掟に逆らい林檎を噛んだイブはアダムとともに

 神の国を追われる。欠けた部分は原罪・快楽・人間性などを象徴。

3. コンピュータ関連の企業なので「bite(ひとくち)」を「byte(バイト)」にかけた。

4. 虹(AppleⅡの出力カラー)はよく見るとカラーの配列が逆さま。

 既成概念にとらわれないアナーキズムを表している。


、、、、、らしいのだが、、、、、

現在は、シンプルになって、、、、これですね

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私なりには、、、青いリンゴが、、次第に熟してゆく姿、、やがて熟して、、、落ちてゆく、、、そんな生まれることの喜びと、、、悲しくも自然の摂理をしっかりと見つめて行こう、、、そんな風に感じたものでした、、、

※もしかしたら、、黒いリンゴは、聖書への挑戦なのかもとも、、、

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なので、、、緑、黄色、橙の3色だった、かってのわが社のマークは、MACリンゴの後半の色を外したものであった、、、現在は若葉から”緑(あお)いまま”になりました、、、、。

※ちなみに、、なんとなくSoftBankのマークに近いとも言われるが、、バンクのマークは、、、龍馬と岩崎弥太郎の「海援隊のマーク」を模したものです、、、。

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<海援隊旗>二曳と言われ、その後弥太郎の三菱、日本郵船のマークになります。

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<ソフトバンクのマーク>


更に、海援隊のマークは赤白赤の白地に横赤2本で、これは「十字軍のマーク」を模したと言われていますが、、龍馬が、そこまで意識したかは分からない、、、。

※その十字軍の由来のオーストリアの国旗は、そのままです、、、
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十字軍遠征時、敵の返り血で赤く染まったオーストリア大公の白い軍服がベルトの部分だけ白く残った故事に由来

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※もっとも、、十字軍が聖地イエルサレムの奪還のために、、、イスラムとの血で血を洗う、、200年にわたる長き宗教戦争であることを龍馬は知っていたかどうか、、、すでに13世紀に十字軍は滅亡している、、、17世紀に入ってからは、もうすでに、、イベントの代名詞のように「十字軍」と呼んでいたらしいから、、、西洋史が龍馬達に伝わったとしても、「十字軍」はシンボリックな意味合いしか持っていなかった、、と思われる、、、、。

※深読みすれば、、十字軍=聖地奪還=天皇家復権=大政奉還、、、程度のイメージかもしれない、、、

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※、、、長崎のピグの部屋さんのサイトには、、、、
あの幕末の長崎で有名な料亭「花月」の提灯が、似てるということです、、、、。

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<たしかに、、、>

「花月」で豪遊した弥太郎が、、、、、、神戸海軍操練所閉鎖からの落胆から、、、長崎で次の夢が繋がった龍馬が、、、海援隊の隊長となった龍馬が、、、この二人が、、時代と世界とのWindowであった、、ここ料亭「花月」を意識しないはずは無い、、、、

※ただし、、史跡料亭「花月」の家紋は「梅」なので、、、これは、梅の花(つぼみ?)と思われる、、、
「りんご」の話が、、、、「梅」になりました、、、

チョット「花月」覗いてみたら、、どうですか、、

http://www.ryoutei-kagetsu.co.jp/main.html

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これって、、龍馬伝で、、女豪商の大浦慶や小曾根英四郎がマージャンやってた部屋じゃないの、、

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お食事 
昼10000~15000 
夜15000~20000
観光地料金です、、、、、。

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※そういえば、、、、坂本龍馬は変名では「才谷 梅太郎」と名乗ってもいます、、、、。


---Wikipedia----------
龍馬の変名といえば、慶応2年(1866年)11月16日付で溝渕広之丞に宛てた手紙に、初めて記された「才谷梅太郎(さいだに うめたろう)」が有名であるが、慶応元年9月9日付で乙女とおやべに宛てた手紙には「西郷伊三郎」と名乗っていることが記されている。他に「高坂龍次郎」「大浜涛次郎(とうじろう)」「取巻の抜六(とりまきのぬけろく)」等がある。なお、これは変名ではないが、慶応3年(1867年)11月13日付と推定される陸奥宗光に宛てた手紙では、「自然堂(じねんどう)」の号を署名している[140]。
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※知ってのとおり、「才谷屋」は坂本家の屋号、、、そして梅は、、、、


※慶応2年と言えば、、、、、

この年1月20日、21日と京都薩摩藩邸において、西郷、木戸と面談、、「薩長同名」を成立させた、、、
その直後、、1月23日深夜、、龍馬は寺田屋で伏見奉行所の襲撃にあうも薩摩藩邸に逃れる、、

3月傷を癒すために西郷のはからいで、お龍と供に、薩摩へ保養の旅に出た、、新婚旅行と言われている、、、

6月には、長崎の小曾根英四郎別荘にお龍を預けて、下関海戦に望む、、、亀山社中の運営に苦慮する、、
11月に、、、長州、薩摩藩による合弁商社設立を計画し、、、「商社示談箇条書」なるものを作成するも、実現していない、、、

翌、慶応3年1月に、土佐商会の松井周助を介して後藤象二郎と長崎「清風亭」にて会談、、
4月には、土佐商会をスポンサーとして「亀山社中」を「海援隊」に改称して隊長となる、、、、

この時期、、、亀山社中の経営に苦労しながらも、、長崎滞在で新たな出発をする龍馬=才谷梅太郎の梅は、あの料亭「花月」の家紋の梅であろうと推察する、、、案外、海援隊の旗も花月の提灯からきたかも知れない、、、

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拝啓候。
然ニ昨日鳥渡(ちょっと)申上候彼騎銃色々手を尽し候所、何分手ニ入かね候。
先生の御力ニより候ハずバ外ニ術なく御願の為参上仕候。
何卒御願申上候。
彼筒の代金ハ三十一両より三十三両斗かと存候。
うち今一所より申来候もの四十金申候。
あまり法外に高金と存候ま〃無余儀(余儀なく)先生を労し奉候。
宜しく御聞込可被下候。
   十六日   頓首
      才谷梅太郎
 溝渕広之丞先生
  左右
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銃を仕入れたいのだが、代金が高すぎる?、、、、、、、、、、どうやら、商売の手紙のようだ、、、








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