テーマ:仏教

「さいたま」に渡来した玄奘三蔵法師 その④ 龍樹の中論 火と薪、我(=アートマン)、空、ゼロ、

玄奘三蔵法師の訳した「唯識三十頌」が、小生には難しすぎるので、、、 しばし後回しにして、、 「龍樹 空の論理と菩薩の道」瓜生津隆真著から、、 大乗教の2大派閥の一方である、、、「中観派」の代表である龍樹菩薩の「空」に関する、、つまみ食いをする、、。 ことによったら、、「バチアタリモノが~」、、と、何処かの坊さんに怒られる…
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「さいたま」に渡来した玄奘三蔵法師 その③ 龍樹菩薩;ヤンチャ青年が出家して菩薩に。。

市立図書館から借りて来た ①唯識三十頌(ゆいしきさんじゅうしょう)、、唯識思想 ②龍樹 空の論理と菩薩の道、、中観思想 だが、、 どうやら、、「龍樹、、」の方が読みやすい、、ここから入り込もう、、、。 龍樹(ナガールジュナ)は、、 大乗経は「空(くう)」が釈尊の真意であり、、部派仏教が実在の縁起を論じていることを…
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「さいたま」に渡来した玄奘三蔵法師 その②

昨年の末の頃であるが、、「さいたま市」の岩槻市にある「慈恩寺」に玄奘三蔵法師の仏塔があるというので尋ねた、、、到着したのが16:00を過ぎてしまったので、、もはや夕暮れとなってしまった、、本堂の寺務所を除くと、、新年の準備か、、忙しそうであった、、、。 「あのー、、失礼します、、このお寺に、、玄奘三蔵のお骨があると本に書いてありま…
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「さいたま」に渡来した玄奘三蔵法師 その①

「朕は国宝を失った」、、、麟徳元年(664)年2月9日、、帝は慟哭して哀しみにくれた。また 文武百僚も悲しみの涙を堪えることは出来なかった。 遺骨は遺言に従い、、長安の慈恩寺翻経堂に安置され弟子数百人がとり囲み哀号した。 4月14日には、長安の東方、、白鹿原に葬られたが、送る人は百余万人が集まり、、葬儀は華やかであった、、が、、遺…
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ジーさん徘徊 富士周辺--④ Baba Looey

実相寺を後に、、なだらかな岩本山を車で登ると、、視界が開けてくる、、今日も曇空だ 富士山は見えません、、。 腹が減ってきたが、適当なお店が見つからない、、50mばかり通り過ぎてから戻ったのがハンバーガーCaffe「Baba Looey]という、お店でした。 名前の意味が判らないけど、、店内へ、、 ロバの絵が掛っていいます…
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ジーさん徘徊 富士周辺--③  岩本実相寺一切経蔵

<岩本山の上にも茶畑が続く> 「日昭さま、、お師匠さまは、、ご病気になられたのでは、、」 日朗は、雑草を抜き、周囲の石をこまめに除いていきながら、、伯父の日昭に語りかけた、、 「どうして、そのようなことを、、夢でもみたか」 日昭は、、法衣の袖を背中で結び、、逞しい腕で鍬を振るっている、、、 「夢を見た訳ではあり…
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ジーさん徘徊   富士周辺--①   遠江国山名郡貫名郷「妙日寺」

10月のAmazonの販売商品が、予想以上に売れてしまった。 部材入荷まで、、2週間の空きを生じてしまった、、、ここは、チャンス、3日程度の旅に出る、、 世界遺産になった富士周辺でも、、レンタカーで走るか、、 新幹線で、、静岡、、駅レンタカーで、、西伊豆戸田港、、土肥港からフェリーで清水港へ、、、三保の松原、、、富士周辺の景観…
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アラブ共和国シリアと日本の秦氏との接点--① いさらいの井戸

■肥沃な三日月地帯(ひよくなみかづきちたい、Fertile Crescent) とは、古代オリエント史の文脈において多用される歴史地理的な概念である、その範囲はペルシア湾からチグリス川・ユーフラテス川を遡り、シリアを経てパレスチナ、エジプトへと到る半円形の地域である。 歴史的シリア、、、 紀元前8000年頃にはこの地域では…
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Four Noble Truths and Eightfold Noble Path

Four Noble Truths 1)The Truth of Suffering(苦難) 2)The Truth of Cause (原因) 3) The Truth of Extinction(滅) 4)The Truth of the Path(進路) ↓ Eightfold Noble Path 1)…
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認知症とスッタニパータ

「まあな、、、もう、、、生きてるか、、死んでるか、、自分でも判らない状況が、、理想じゃあないの、、」 なんて、、ほざいてみたことがある、、、。 、、、的外れでも無いかも、、、、、。 ※この世とあの世を共に捨て去るのは、、、、それは、蛇が脱皮するようなものである、、、、 --------------- 『スッ…
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野原ノ松ノ林ノ陰ノ小サナ茅葺小屋ニイテ

遠い東北の血が、共振させるのか、、この詩に触れるたびに振るえる、、 ※宮沢賢治が生まれた頃、1896年(明治29年)、、東北地方に大地震と津波が発生している、、、。 賢治の、、人生に大きく影響を与えたと言われている、、、 大自然の運動が、、、ニッポンの歴史に、、革命的な、、意識と人とを、、生み出す、、、 その波動は、…
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佐渡へ---②(塚原問答)

「あの方」が鎌倉街道を通り、依智(厚木)の佐渡守護代、本間重連の館で28日間滞留された後、文永8年10月10日ここを立ち、、難渋18日間の旅の先に、、新潟「寺泊(てらどまり)」に護送され、、、荒海を超え、、、、1271年11月(旧暦文永8年10月28日 )ここ佐渡の「松ヶ崎」に着いた、、、ここで行く先が定まらず、、3日間の野宿を強いられ…
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平山郁夫と文化財保護 

みぞれ混じりの上野公園、、東京国立博物館に行ってきた、、 自宅から車で1時間少々、、ジイチャンの突然の行動に食事付きということで付き合った女房と娘、孫であったが、、、 会場には順当に入れた、、、が、、途中で孫のリュックの鈴が気になる、、しかも駆け回る、、、床に寝転ぶ、、、ガラスにベタベタ触る、、、10分でレッドカ…
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空と海と   その4(mantra  )

ジェット機の飛行雲のようだ、、、、と思う、、、 先端は、凄まじい轟音と共に一条の白雲を湧き起こして突き進む、、、 しかし、、 次第に線は広がり、、薄くなり、、、最後は、空中に溶けて、透明化し、なにも無かったような青空がある、、、、、 凄まじい文明のエネルギーが、時間とともに、劣化し、、やがて全てを「透明化」してゆく、…
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空と海と  その3( 長安)

長安の都の、雑踏の中に空海はいた、、、、 人混みが大きな輪を作っている、、中にはペルシャ生まれの少女が舞っている、、 「肌膚は玉の如く、鼻は錐のごとし」と詩人李端は書いた、、、 その美しい少女が舞っている、、 空海は人混みの後から、伸び上がって娘たちの舞を見ていた、、、。 <原宿のホコテンを見るようであるかも、、、> …
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空と海と   その2(桓武天皇)

大学寮を中途退学した空海は、その後7年の間消息不明となる、、、その間、、社寺仏閣を訪ね、、山野霊峰を歩き、、修験道者や山の仙人との対話をしながら、、、当てどなく彷徨い、、やがて、、私度僧となったと思われる。 当時、律令国家の中で、正式な僧になるには、東大寺の戒壇院で得度受戒を受けなければ」ならない、、受戒は各寺院に少人数が割り当て…
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空と海と  その1(三教指帰)

<遣唐船の復元模型> 仏教経典の中に、度々出てくる用語がある、、、、、、 「波羅密多(はらみった)」 これは修業の基本項目を指す、、、六波羅密は次のとおり ①布施(ふせ) ②持戒(じかい) ③忍辱(にんにく) ④精進(しょうじん) ⑤禅定(ぜんじょう) ⑥般若(はんにゃ) では、、、、…
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方便品第二  サンスクリット

一度は遡らなければならないのでしょうか。 楽しめるサンスクリット語のサイトがありました。 カエルの下をクリックすると、ローマ字読み、訳が表示されます。 遣唐使時代の若者達は、悪戦苦闘の語学修業をしてたんでしょうね。 インターネット時代に感謝します。 お墓や葬式で、なにやら、おどろおどろした梵語は、本来の横書きに戻す…
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「D地点」で誕生した  (googlの旅  )

 (クリックで拡大します) 人工衛星から見ると「D地点」で誕生した。 その方の両親は、色が白く、背が高く、彫りの深い顔立ちで、目は青く その祖先は、黒海のほとりからこのオアシス都市に移動してきたアーリア人と言われています。 日本の仏教がインドの釈迦族から法典を直接受けとったという話は聞かない。 その殆どは中国を…
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郷土千葉の最東端の海辺に誕生した

尊敬するその方は、当時起こっている天変地変、飢餓、疫病などの原因は「人々が誤った世界観を持っているためだ」と言い切った。 つまり、多くは人災だと言うのである。 たとえて言えば、「身体を曲げていれば、影が曲がっている」ように、「正しい世界観を持たなければ、あらゆる判断に誤りを生じてしまうのだ」と強く主張した、、、、、、、。 思え…
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